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●コムデギャルソン、「少年のように」

川久保玲がデザインするコムデギャルソンが、パリコレに参加したのは、1981年のこと。ディオールやシャネルなどのビッグメゾンのゴージャスなデザインに対し、黒や古着のような使い古されたような処理された素材を使い、裏地や芯地などを剥き出しにした「ポぺリズム」(貧乏主義)を打ち出し、ヨーロッパのファッションシーンに衝撃を与えた。

そうか、ボロファッションの元祖は、川久保さんだったのかと、改めて感心したのがこの、『THE STUDY OF COMME des GARCONS 』(南谷えり子、リトル・モア、2004)である。この本はじつに理解しやすく、まさに開かれたテキストで、帯文にもあるように、「コムデギャルソンの秘密の教科書」と呼ぶにふさわしい内容だ。
コムデギャルソン1


裏地が剥き出しになっているのと、水洗いで収縮させたニットをピタッと着こなすモデル。

コムデギャルソン2
コムデギャルソン3



1980年というと、哲学少年であった僕は、ポストモダン哲学に傾倒していたころで、もちろん川久保さんや、山本耀司さんのことは知っていた。当時、デリダリーダーなるもの読書傾向を持つひとたちがかなりいて、モダニズムを乗り越えようとする「脱構築派」なる片隅に僕もいたのだ。なので、この本には書かれていないのだが、近代、モダンを乗り越えようとするムーブメントのひとつの流れが、川久保さんのクリエーションなのだろうと思っていた。(これは、大きな流れでは位置づけられるだろうが、彼女が意図したものでなないと思う。)
川久保さんが仕掛けたものか不明だが、当時、思想家の吉本隆明さんが、彼女のジャケットを着て、『アンアン』(?)にでたのを、こぞって批評家たちが、バッシングしていたのを覚えている。当時の批評家は、まだまだ左翼マルキストが元気な時代で、コムデギャルソンの服も、ポップな80年代資本主義のひとつだと思ったのであろう。実際はまるで、逆なのであるけど。

ただ、このブログでは紹介できていないが、川久保さんの、企業経営などを見ていると、やはりあの、「皆殺しの女王」と呼ばれた、偉大なるシャネルを想像せずにはいられない。実は、シャネルのテキストは、かなり読み込んでいるのだが、「ジャージー」など男性素材を組み合わせ、第一次大戦後の喪服のデフォルメともさせるリトルブラックドレスなど、かなり政治性を持っている(おそらくこれは、当時のフランスモードに発想の転換をもたらすため、と彼女自身の持っている洗練されたクレイティビティの混在なのだろうが)、シャネルの情報はかなり広範囲にわたっていて、僕の中でかなり未消化で、かけずにいるのだ。といっても、ココの全体像を描くことなどおそらく不可能なのだろうけど。

というわけで、僕らは、コムデギャルソンにしてもシャネルにしても、一人の消費者として、彼女らのクリエーションを味わい尽くすというのが、ただしいあり方なのだろう。

このブログを書いていて苦悶してしまうのは、衣服をまとうことの実践性と、ファッションテキストを読んで書くことは、まったく別のことだということだ。
よく、着こなしの「抜け感」を強調するモデルがいるが、まさに「抜け感」という意味では、川久保さんのアイテムは究極であろう。ファッションライターのみなさんが、実際に着るときこの抜け感を出せるとも思えない……。みなさん、どういうふうに、思考の整理をしているのだろう。
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