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●『江戸・桃山のファッションリーダー』=真実はいかに?

歴史ファンの間では、少なくとも江戸時代の庶民のファッションの先端だったのは、吉原の花魁たちだったというのが、「実証されない」共通理解だったように思います。幕末の町娘たちの帯使いに、吉原の女性の真似をしていたことは記録にもあります。

ただ、今日紹介するのは、『江戸・桃山のファッションリーダー』(森理恵著、塙書房、2007)です。
桃山・江戸のファ
桃山・江戸のファ2


主にとりあげている資料は『十二ヶ月風俗図』(天正年間、16世紀後半)です。天正といえば、いまだ、信長・秀吉に天下が定まった時代ではなく、まだまだ戦国大名群雄割拠の年代です。ここには、「小姓(こしょう)」と呼ばれる、元服前の10代の若衆たちが、華麗な服装で描かれています。羽織、小袖、袴が主なアイテムですが、小姓は、他の侍たちとは明らかに区別され、華やかなファッションをするのを期待(強要?)されているのがわかります。
やや見にくいのですが、カラー写真に写る、花唐草や立涌、秋草(左上、真ん中赤い羽織や)のほか、かなりど派手な色使いで、縦の柄と横の柄を組み合わせたものも見られる。本書によると、これら、若衆のいでたちが、のちの江戸時代の服装に徐々に影響をおよぼしていくのが、「画像資料」で確認できるというのだ。

次に17世紀の華やかな元禄を迎える数年ま(貞享年間)の資料で、女性と男性が描かれているものを紹介しましょう。
桃山・江戸のファ3



元禄のすこし前、寛文年間( 1661~1672)の模様が古臭いと感じられる時代、小柄ですっきりとした文様の衣服を着ていることがわかります。「きゃしゃ」「しほらし」と書かれているのは、やはり小姓たちでありました。これに対し、女性たちは大きな柄を身に着けています。

これは、おそらく、消費の主体が武家であることと大きな関係があると思います。当時の武家家族では、男性が積極的に育児に関与するのが当然であり、お家の継続が大きな意味をもつため、むしろあたりまえだったともいえるでしょう。武家の習俗のなかで、若衆が派手で人目をひく衣装を身に着けることは、粋(?)な文化の担い手であることを他者にアピールする意味があった。

森理恵さんも言っていますが、画像に書かれているのは、作者が意図する世界観であり、必ずしも現実世界を投影したものではないだろう。
でも、激動の時代、新しい文化、価値観、ファッションが生まれるのは間違いない。時代が新しい価値観を生み、敏感なクリエーターがその時代の雰囲気を鋭敏に感じ取り、かたちにしていく。
僕が、見てきたなかで、本当にクリエイティブだったのは、何であったろう? コムデギャルソン、ラフシモンズ、エディスリマン、ゴーシャラビンスキー?はたまた? 本当のクリエーターがでてくれば、かならず、消費者が熱狂的に迎えるはずだ。
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