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●浦安の靴のディズニーランドへ!---リーガルアーカイブス






こんにちは。

千葉県浦安市といえば、ねずみのキャラクターで有名なあの娯楽施設ですね……。

靴好きには、もうひとつ聖地があります!



そう、REGAL本社にあるリーガルアーカイブスですね。
先日●3月15日「靴の記念日」でのご縁をきっかけにおじゃまさせていただくことに。
Japan_shoesさん、今回もありがとうございました!
ご担当の方から2時間ほど、じっくりお話をうかがうことができました。

以前、●グッドイヤーの王者 日本製靴の歴史--その1その2その3で歴史は、頭に叩き込んであったので、予習はばっちり。
ただ、あくまでもこのアーカイブス(資料室)は、商品開発のための内部資料なので、画像公開はNG。あくまでも、文章を中心に箇条書きで紹介していきます。

DSC_0254.jpg


①このアーカイブスでは、A自社の商品サンプル、B他社の商品サンプル、Cミシンや工具類、D1990年に社史を編纂した際に収集資料etcが保存されている。

→サンプルを見せていただくだけで幸せ……。
いやいや、せっかくご担当者が直接説明していただける。ここは、頑張ろう。
私の関心が「IVYファッション」と「靴と戦争」なので、1961年のREGALブランドの開始と、戦前の軍靴ほかの製法、ラストの違いなどなど、まあ大手のマスコミさんは聞かないだろうな……(笑)、という質問をしました。

05_regalopner.jpg
http://openers.jp/gallery/900349/5

②1961年のREGALブランドの開始というのは、当時の日本製靴が、官製企業から一般ユーザーへと商品開発を変えていたころ。また、アメリカREGAL社はそのころ、1954年にブラウン社と合併したあとで発展期。日本製靴とブラウン、お互いの利害が一致した時期だった。

→開発にあたっては、木型と商品サンプルを購入。ただ、アメリカ人の足は、幅がせまく甲が高い傾向があるので、自社開発することに。
上記のオープナーさんの画像にもあるが、1960年代から各時代ごとにサンプルが並んでいる。実際に手に取らせていただいて、説明していただいた。


③当初、REGAL社からは、機械も導入し技術移転も検討していた。しかし、「130の工程を経て作られる」ライセンスに耐えられる技術が、日本製靴にあると判断。自社での製造を開始。

→当然ながら、日本製靴には世界有数の製靴技術がこのときあったということですね。
ただ、日本製の機械靴は、「手元にある丸善」のように、日本人の足形に合わせると丸っこい作りになってしまうそう。やはり、靴は木型開発が難しく、大変な苦労があったとのこと。

④1962年にいくつかのモデルを製作し、最初に発売されたのはなんと、「コブラヴァンプ」。

img_1961_1.jpg
REGAL社のHPより。
→このファーストREGAL、甲が低くかなりタイトな攻めた作り。最初のコブラヴァンプは、6000円という高級品だけに、作りにはこだわった。
アメリカREGAL製の木型と、「ファースト日本製REGAL」の木型両方を手に取らせていただいた。日本製はアメリカ製と比較するとトゥが丸く、甲のせりあがりがゆったりとして、やや丸っこい印象。ただ、当時の機械靴としては、シャープですね。
実物を見せられないのが残念。


⑤なぜに「コブラヴァンプ」だったんですかね? とお聞きしたが、アメリカの若者の間で人気があったことで選ばれたとのこと。6000円で、なかなかのお値段だった(ちなみに、1962年の平均給与が22894円)。営業的には当初かなり苦戦していた。
1年後の1963年からVAN-REGALが発売開始されるが、大学生が2か月くらいアルバイトして買ってくれたそう。若者に販売するというのが、VAN-REGALの新しい手法。

→お恥ずかしいことに、コブラヴァンプというのは、モカの縫い方をいうのを初めて知りました…。最初のモデルは、ネイティブアメリカンのモカシンのように、底から1枚革で成形されるようになっていたそう。(以下↓)

IMG_8997.jpg


④(これが一番聞きたかったのだが……、VAN-REGALは、コバが張り出していかにもアメリカンシューズという印象。モデルチェンジがあったのですか?という質問に対し)、ラスト(木型)は、開発時のREGALブランドとVAN-REGALでは、まったく同じ!とのこと。当然ながら、靴のタイプによって少しづつバリエーション加えていくことになる。

→何が聞きたいのかというと、アイビーの神様の石津謙介さんが、どれくらい、影響与えたのか…ということ。REGALさん目線ですと、あくまでも靴はいままでのものを作っていたということでしょう。
VAN-REGALは、私の印象では、かなりALDENやFlorsheimのケンムールなどによせたぼってり系のザアメリカンなデザインなのかなと思ってました……。以下の米国製REGALは、繊細なブリティッシュの香りもする。このあたり、ご担当者からお話を聞く事実と、自分自身の思い込みにけっこう違いがありますね……。

IMG_9298.jpg
米リーガル製と思われるショートウィング。NO1、1962と札が貼られている(『STEPS 日本製靴の歩み』)


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VAN-REGAL1964年試作品のサドルシューズ。(『STEPS 日本製靴の歩み』)


IMG_9306.jpg
『MEN'S CLUB』1968年6月号・VAN-REGALローファー

うーん、上のサドルシューズとローファーは、ちょっとフィッティングに違いはありそうですね。
ただ、今回見たアーカイブスにある開発当初のREGALのサンプルと、VAN-REGALの実物をじっくりみるとやはり、似ている……。
勉強になりました…。

個別の靴についてお話を聞くと、すごいエピソードばかりなのですが、記事にするにあたり、今回、自分の関心によせて聞いてみました。
私自身、だんだん、自分が何を知りたかったのか、わからなくなってきてますが(笑)、よろしければご意見聞かせてください。

次回は、ちょっと個別のトリビアネタをご紹介する予定です。
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