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●ロイヤルスタイル 英国王室の歴史(3)---------アルバート公の物語


こんにちは。
今日も引き続き、中野香織先生『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(2019)から、大英帝国もっとも華やかだったころの女王ヴィクトリアの夫、アルバート公(1819~61)について紹介していきます。トリにふさわしい高潔な人物。

アルバート公の時代に定着したファッションアイテムはというと、

・懐中時計とウエストコートのボタンホールをつなぐ、「アルバート・チェーン」
・ドレスコードの成立(昼間の正装・フロックコート、昼間の準礼装モーニングコート、燕尾服)
・ラウンジスーツ(現在のスーツの起源とされるもの)
・ベルベットスリッパ(のちにアルバート公にちなんで命名された模様)

となります。
気が付くのは、アルバート公個人のファッションというよりも、当時繁栄を極めた英国式ファッションにちなんで、世界各国で広まっていったというのが実態のようです。
日本でも、フロックコートがいち早く導入されたのは、皆さんご存知の通りですね。

フロックコートは「プリンス・アルバート・コート」とも呼ばれている。アルバート・チェーンが見える。

アルバート・チェーンは、時間に勤勉だった彼が時計を携帯するために作られた

これまで紹介したお二人と異なり、ドイツ出身のアルバート公からはあまり歪んだメンタルのにおいはしません(笑)。すでに即位していたヴィクトリア女王と1840年に結婚式を挙げます。

1840年2月10日のヴィクトリアとアルバートの結婚式を描いたジョージ・ハイターの絵画

ジョージ・ハイターの絵画
このとき、ヴィクトリアが着用したのが、クリームがかった白いシルクサテンのドレス。イングランドのデヴォン地方で作られたホニトンレースなるものがあしらわれていました。実は、これ以前ウェディングドレスは白というわけではありませんでした。しかし、いままでにない清純なイメージはヨーロッパ世界に模倣されていったのです。

女王とアルバート公はきわめて仲がよかったそうで、9人の子供を産みました。多忙な妻のため、愛人を持つことなどせず過ごしたことは、ヴィクトリア朝=ハッピーな時代として僕たちに共有されていますよね。

1846年1280px-Franz_Xaver_Winterhalter_Family_of_Queen_Victoria (1)

1846年フランツ・ヴィンターハルター画
上記の絵画では、リボンをあしらったスリッパを履いていますね。以前、私が「●ローファーの歴史(2)」でチャーチのスリッパを紹介していますが、アルバート公が作らせた直接的な記録は無いようです。

チャーチスリッパ1

私物。チャーチのスリッパには王冠があしらわれています

アルバートとビクトリア

アルバート公とヴィクトリア。燕尾服? ここでもチェーンが見えます。

puffer (3)

モーニングコート。

puffer (2)

これは燕尾服に見えますね。

1861年、よき夫婦であった二人を悲劇が襲います。原因になったのは、エドワード王子(のちのエドワード7世、ウィンザー公の祖父)のためとされています……。謹厳な両親とは違い、遊び好きで女好きなエドワードが、学生時代、女性トラブルを起こしたのを心配して雪の中をケンブリッジまで出かけました。そして、帰宅後発熱して、腸チフスで亡くなりました。このあたりから、ヴィクトリアは精神的に病んでいくようです。

幸せな家庭の次には、放蕩息子…。なかなかうまくいきませんね。
子育ては、血筋ではなく、環境が大切! 今回も学ぶことが多かった英国王室の物語なのでした。


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