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●ロイヤルスタイル 英国王室の歴史(1)---------ダイアナ妃の物語




こんにちは。
ようやく暑くなってきましたね…。それはそれでよいのですが、身体がついてきません(笑)。

今日は、服飾史の第一人者、中野香織先生『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(2019)の刊行を祝して、数回にわけて紹介したいと思います。

昨今の英国王室ネタは、なんといってもヘンリー王子とメーガン妃ですね…。メーガン妃がアフリカ系の出自をお持ちなのは有名。そこまでは良いと思うのですが、お子さんをメディアに出演させない、浪費…。実際の事情はわかりませんが、「なぜ、王室の伝統に逆らおうとするんだろう?」というのが、皆さん正直な感想では…。

ケンジントンパレスツイッター829

上は結婚式の画像ですね(公式ツイッターより)

今回は、1981年にチャールズ皇太子と結婚、97年に自動車事故で亡くなったダイアナ妃について少し紹介します。

https://www.youtube.com/watch?v=QV2xGqapeHk

まずは、ユーチューブさんで、2007年に行われた追悼コンサート「Concert for Diana」をご覧になっていただければと思います。
エルトン・ジョンが「ユアソング」を歌いますが、なぜエルトンかは偶然ではありません。生前、親交があったこと、そして性的なマイノリティでらっしゃることも関係しています。

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ウィリアムは、ジーンズにジャケット、ヘンリーもチノパンにジャケットですが、さすがに決まってますね! 途中、
ヘンリー「ぼくたちが普通にやろうとしていることに対しては、母は喜ぶと思います。……(王室ファミリーである)ぼくらに普通なんてありえないから難しいのですが」
ウィリアム「おまえはたしかに普通じゃないかもしれないけど(笑)、ぼくはいたって普通だよ」
これは、やんちゃな、ヘンリーが麻薬を試してみたり、コスプレパーティでナチの格好をしたりしたことを指しています。新聞ネタになったことがあったんですね。

ツイッター2 829

軍服姿。時にボタンをしなかったりと規定違反が多いらしい。

1981年にダイアナ妃が結婚したさい、チャールズ皇太子と現在のカミラ夫人はすでに、関係があったとされます。それをダイアナ妃がなじると「私は愛人のいない唯一の皇太子にはなりたくない」と答えたのは有名ですね。
カミラ夫人……失礼ですが、当時の僕の印象では、あまりお綺麗とは言えず、さらに別の男性と結婚している年上の女性…。チャールズ皇太子、なぜに…。
そうおそらく、マザコンなのだと思います。王室に赤ん坊が生まれると、ナニーとよばれる乳母が育て、親は直接育児にかかわらないとされています。
他の子どもが味わうような、「愛情家族」ではないのですね……。実はこれが、英国王室を読み解くカギです。

ただ、今時の女性として育てられた、ダイアナ妃が耐えられるわけもなく、1994年にはこんな事件が。ある日、ダイアナ妃はあるギャラリーの夕食会に出席する予定でした。
そこで、当初、バレンティノの青いドレスを着る予定だったのですが、執事の勧めで、黒いシルクのセクシーなドレスに替えます。

_1_rect131_175リベンジドレス(25ans)

これが、有名な「リベンジドレス」というもの。
当時、黒のドレスは喪中と葬式のみで着られる、という王室に規則に反するものだったのですね。ここから、ダイアナ妃のファッションはセクシー路線へ舵が切られるとのこと。

1997年にお亡くなりになるまで、パキスタン人の医師や、アルファイド氏と交際がありましたが、ともに異教徒であることから、王室への反抗心がなかったといえるでしょうか……。

というわけで、ウィリアムはともかくとして、ヘンリー王子には、「母が王室の保守性のせいで亡くなった」という思いが強いのだと思います。

ただ、いろいろな家族の例を皆さんもご存知かと。あまり、偏った教育をするとお子さんにかえってきますので要注意ですね。
子どもは、親のエゴを押し付けてはいけないという…。なかなかディープな例なのでした。


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